僕は本屋になりたかった

本の世界でさまよって

ややこしい人たちが街をつくる『街を変える小さな店』

街の小さな本屋さんが消えていったのはいつくらいからだろう。データを見ると1999年に22,296店あった本屋さんが2015年には13,488店になっている。半分とまではいかないが、かなりの勢いで本屋さんがなくなっていることがわかる。

 

この期間をふり返ってみるとネットで本を買うことが増えるとともに、書店の巨大化という流れがあったように思う。もちろんそれだけが理由ではないだろうが、いわゆる街の本屋さんはその姿を消しつつある。

 

しかし、そんな環境の中、決して立地が良くなくても、巨大な店舗ではなくても人に愛され続けている街の本屋さんはあるのだ。本書の著者、堀部篤史さんはそんな街の本屋さんの店長である。

 

本書では、第一章で堀部さんの店、恵文社一乗寺店のこと、第二章で堀部さんのまわりにある個人商店のことが書かれている。本屋さん、そして本のことが好きな人はもちろんのこと、街のあり方や小商いについて学びたい人にも役に立つ一冊といえる。

 

わかりやすさを求める社会のややこしい人たち

 

本書では、先ほども述べたように第二章で著者のまわりにある個人商店のことやそこの店主のことが書かれている。ここに登場する店や人がとにかくややこしいのである。安易に理解されることを拒む店、やる気無く後ろ向きな店など普通に考えればありえない営業スタイルなのである。 

 

よく言えば自分のスタイルを貫く人たち、悪く言えば頑固で偏屈な人びとの姿がそこにはある。決して、客には迎合しないし、流行を追ったりもしない。しかし、そこには人が集まり、そして街の未来をつくりだす力が秘められているとさえ感じさせるなにかがある。

 

それはなにか?それは、これらの店の店主がその場所や地域に住み、その場所を愛していることから生まれるなにかなのだろう。そこがその地域とはもともと縁もゆかりもないようなチェーン店や大型店との大きな違いなのだ。

 

ここ数年、国や働く場所にとらわれない「ノマド」という言葉が流行した。そういったとらわれないスタイルは一見するとかっこよく見える。しかし、そのスタイルの裏には「無責任」という言葉がつきまとうことも忘れてはいけないように思う。

 

街の風景の一部になる。つまりはその場所になくてはならない存在にとなるという「ノマド」とは真逆の生き方をするのも悪くない。いや、そういう生き方をする人が街には欠かせないのだと本書を読んで痛感した。

  

 

 

ヨーロッパでテロが横行している今だからこそ『パリは燃えているか?』をもう一度読んでみた

 その日、確かにパリは燃えていた。2015年11月13日、パリ同時多発テロによって130名もの尊い命が奪われた。同年1月にはシャルリー・エブド事件が起こり、また、2016年3月にはベルギーでもテロが起こっている。パリどころかヨーロッパ全体が炎上しているような状況だ。しかし、1940年代前半には、テロどころの騒ぎではなく、ヨーロッパ、さらには世界全体が恐怖と狂気に支配され、そこらじゅうの都市が燃えていた。パリも例外ではなく、1940年6月14日のパリ陥落からナチスによる支配が続いていた。

  

戦史ノンフィクションの傑作

 

 『パリは燃えているか?〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)』は、このナチス支配下のパリ市民の苦悩とパリ解放を描いたノンフィクション作品。原書の出版は1965年で、日本では1966年にハヤカワノンフィクションから出版されている。およそ50年も読み継がれている名作だ。本書の帯には、僕の好きな沢木耕太郎とノンフィクション作家の柳田邦男の推薦文が載っていた。

 

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 本書が取り扱うのは、1944年8月のパリ解放だ。パリ市民には申し訳ないが、このパリ解放は戦争の行方という意味ではあまり大きな意味を持たない。同年6月から7月にかけて実行されたノルマンディ上陸作戦を成功させた連合国側の勝利はすでにほぼ決定的になっていたからだ。

 

 つまり本書を読んでも第二次世界大戦の全体像は掴めない。では、なぜ本書が長きにわたり読まれてきたのか?なぜ名作と讃えられるのか?それは著者たちの圧倒的な描写力にある。まるで読んでいる僕たちがパリでの銃撃戦や解放の瞬間に居合わせたかのような臨場感が本書にはある。特に印象的だった箇所を引用してみよう。

 

一頭の馬は、建物から抜け出すのに成功して、弾雨のなかをシャンゼリゼ通りを走り出したが、たちまち一斉掃射をうけて棒立ちになり、一声いなないたあと、アスファルトの埃のなかに倒れてしまった。すると、近くの家という家から、手に手に皿や包丁をもったパリ市民駆け出してきて、解放のあとの見世物のためにフーケが注文した青、白、赤の三色旗の飾り総をつけたまま死にかけている美しい馬のまだ生暖かい肉を切りとりはじめたのである。 下巻p.83

 

銃撃の音、馬の声、倒れる音、そして、倒れた馬に向かって駆け出す人々の足音や声まで聞こえてきそうである。本ではあるが、本書からは鮮明な映像が浮かび上がってくるようだ。

  

歴史の流れを変える偶然のチカラ

 

 先に述べたように本書には圧倒的な臨場感がある。しかし、同時に本書は、パリ市民、レジスタンスやドゴール将軍、ドイツ軍、連合国軍など、多様な視点からこのパリ解放を捉えている。つまりミクロの出来事を積み上げることによってマクロの世界を描くことに成功していると言える。

 

 そのような視点で本書を読んでいると脳裏に浮かぶことがあった。それは、歴史の流れというのは予期せぬ出来事によって大きく変わりうるということだ。たとえば、パリ解放においても、そして戦後のフランスおいても、主人公であり続けたシャルル・ドゴール。しかし、ドイツ軍のライトホルト少佐がその気になりさえすれば、ドゴールは第二次世界大戦の終結の日すら迎えられなかったかもしれないという事実がある。その箇所を本書から引用する。

 

照準線のなか、わずか百メートルほどのところに、フランス軍の将官がカーキ色の軍帽をかぶってオープンカーの後部座席にどっかりと腰を下ろしていたのである。引金に指をあてて、ライトホルトはその姿に狙いをつけた。射撃の名手だった彼は、一発でこの将官を射とめる自信は充分にあった。下巻p.384

 

 直後に群衆がそのフランス軍の将官を取り囲み、拍手喝采を送り出したので、ライトホルトが引金は引くことなかった。当時のライトホルトは知らなかったのだが、そのフランス軍の将官こそ、シャルル・ドゴールその人だったのだ。

 

 また、パリが廃墟とならなかったのも、いくつかの偶然のおかげといってもよいだろう。一つ目の偶然は、連合国軍のパリ入城が予定よりも早まったということ。二つ目は、ドイツ軍パリ司令官がフォン・コルティッツ将軍だったということだ。

 

 当初、連合国軍は、パリ解放を後回ししようとしていた。パリを解放するにはそれだけの兵力が奪われることも一因だが、解放後に必要となる食料や石油などのエネルギーを考えての戦略だった。しかし、パリでレジスタンスとドイツ軍との衝突が起きたことでこの計画は変更され、予定よりも早くパリ解放が実現した。連合国軍のパリ入城が予定どおりであれば、もしかするとパリは破壊されていたかもしれない。

 

 次に、パリの司令官ヒトラーの狂信的な信者であれば、やはりパリはヒトラーの命令どおりに破壊されていただろう。ヒトラーは、パリをとても重要視していた。「とにかく死守せよ、それが叶わないのであれば、廃墟にせよ」。それが、コルティッツ将軍に課せられた使命だった。

 

 しかし、コルティッツ将軍は結果的にどちらの命令も実行しなかった。攻めてきた連合国軍に対して、形だけの抵抗はしているが、とても死守と呼べるようなものではなかった。また、破壊についても準備はしておきながらも、爆破の命令は下さなかった。おそらく彼は、この戦争の結末を確信しており、負けることがわかっていながらパリを爆破するということに合理性を見つけられなかったのだろう。

 

 恐怖と狂気が支配した世界で冷静に世界を見ていたドゴールやコルティッツ。戦局が悪化していく中で次第にカリスマ性を失い、ただの狂人となっていくヒトラー。命をかけて街や家族を守った無名の人々の想い。本書には、たしかに血の通った人間たちのドラマがあった。

 

 

 

 

僕と本との恋愛遍歴(ご挨拶に代えて)

 訪ねてくれてありがとう。このブログでは、読んだ本の感想や書評など読書録が中心になると思う。それに加えて、子育てのこと、日常のことなども書いていきたい。基本的には自己満足のために書いている。それでも、読んでくれたあなたに何か残れば幸いだ。最初の記事は、僕と本との恋愛遍歴について書いていきたい。

 

本との出会い

 

 多くの読書家と呼ばれる人は幼少期から本に親しんでいることが多い。敬愛する出口治明松岡正剛といった愛書家の人たちは、幼少期から活字中毒だったことで知られている。一方、僕は高校くらいまで教科書の類をのぞいて、ほとんど本を読んだ記憶がない。唯一、夢中になって読んだのが沢木耕太郎の『深夜特急』だった。中学生の頃のことだったと思う。

 

香港には、光があり、そして影があった。光の世界が眩く輝けば輝くほど、その傍らにできる影も色濃く落ちる。その光と影のコントラストが、私の胸にも静かに沁み入り、眼をそらすことができなくなったのだ。

 

 こんな一文が強く印象に残った。また、朝起きてからその日なにをするか決めるというバックパッカーの気楽さにも憧れを持った記憶がある。大学を卒業したのちも就職もせず、ブラブラしているのもきっとその影響のせいだ。

 

大学時代にビジネス書にはまる

 

 冗談はさておき、『深夜特急』には夢中になったもののその後も本の世界とは距離があった。本格的に本の世界に入っていくのは大学生になってからだった。大学生活にあまり馴染めなかった僕は、本の世界に溺れることで現実逃避することに成功した。授業中にも関係ないの本を読み、図書館が僕のリビングルームになった。しかし、当時読んだ本の大半は、金儲け(投資や起業)の本などで自分の血にも肉にもならなかった。残念である。

 

 そして、さらに残念なことに大学2年か3年の時に失恋をした。正直、今考えるとなんてことはないのだけれど、当時は死のうとすら思った。そんなときに読んだのが、村上春樹の 『ノルウェーの森』だった。登場人物の一人が、その彼女と同じ名前だったことで余計に気落ちしたことも今では良い思い出である。あと、江國香織辻仁成の『冷静と情熱のあいだ』を読んだのもこのころだったと思う。

 

現実逃避としての読書

 

 大学在学中に僕はインターネットでの物販を始めていた。それでなんとか飯を食っていける目処が立っていたこともあり、就職という二文字は僕の頭の中から完全に消去されていた。結局、就職活動すらせず、自営業として社会に放り出されることになった。二十代にやらかした僕の間抜けな決断の中でもダントツ1位なのが、この「就職しない」という決断だろう。

 

 二十代半ばまでは、比較的順調に稼げていた。しかし、年々環境は厳しくなり、今では毎月、お金のやりくりに汲々としている。まあ、自分で決めたことなので自分で責任を取るしかない。でも、つらい現実は見たくない。そこで現実逃避のために僕はまたもや本の世界に溺れることにしたのだ。このツケもいつかは払わされることになるだろう。だけど、もうしばらくは、本の世界に溺れていたい。